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2008年10月22日

 中3からのステップアップ

私には場面緘黙だった高1の娘がおります。昨年の9月、長女が大学講義で場面緘黙のことを聞いてきて、初めて場面緘黙の存在を知りました。Knet資料や「場面緘黙児への支援」を読んで、中3の12月から「放課後の学校訪問」などを行い、3学期に学校で話せるようになりました。今日は娘の中学卒業までの取り組みをまとめたいと思います。

                           かんもくネット会員 きらきら(保護者)



小1から緘黙

娘は小さな頃から恥ずかしがりな面もありましたが、小学校入学当初は教室でも名前を呼ばれて大きな声で返事をするなど問題ないように見えました。
しかし、入学直後に水疱瘡にかかり3日程休んでから学校ではほとんど話さなくなったようです。
授業中は、鉛筆の端を噛んでじっと動かず、テストも最初名前も記入せず白紙でした。
そんな状態でしたが、周りの女の子たちはとても優しくしてくれて、仲の良い友だちもたくさんいました。


小3年の時、大きな病院の小児科を受診しましたが、よくわからないと小児精神科を紹介されました。小児精神科では家庭環境、生育暦を訊ねられ、知能テストの結果「境界線児(IQ70くらい)だから特殊学級に進ませた方が本人は楽になる。対応は今まで通りで、特に治療の仕方はない」と言われました。
生まれつきであって、育て方の問題ではないと言われ、自分を責めなくてもいいのかなと少々ほっとはしました。
でも、何の対策も教えてもらえずとてもがっかりしましたし、特殊学級と言われて落ち込みました(緘黙児は、検査場面で話せたとしても能力が発揮できていないことがよくあると、あとからKnetで知りました。境界線児はだいたいIQ70〜85をいうそうです)。


専門家に見せてもわからない、周りにも誰も同じ症状の人はいない、一体どうすればいいのか。
娘は毎日楽しく学校に行っているし、このままでもいいのか? 
友だちと楽しく話せたらもっと楽しい青春が待っているはず。
でも、あまりプレッシャーをかけて学校に行きたくないと言われても困るし・・・と悶々としましたが、ここ数年はあきらめ半分で「なるようになる」と考え、高校に行くまでにはなんとか自覚して話せるようになるかなくらいに思っていました。


中学になりましたが、娘は学校で話せませんでした。でも、学校には毎日楽しそうに通っていました。家庭の外では、年下の従姉弟たち(6才と3才)のいる所で、私たちに普通に話したり、インフルエンザの予防接種に行って、たまたま看護師が私の知り合いで久しぶりに会い盛り上がっていた時、小さな声ですが私に話しかけたりしました。

中3での取り組み

中3の9月、長女が大学の講義で場面緘黙のことを聞いてきて、ネットで調べるうちに「場面緘黙症Journal(SMJ)」サイト http://smjournal.com/ を知りました。
「これだったんだ!」と、子どもの心がやっとわかったような気がしました。
Knet資料と「場面緘黙児への支援」を読み、担任の先生に相談して、教室をお借りし会話練習の取り組みを始めました。
取り組みは、 SMJ掲示板「中三からのステップアップ、女子高生へのサポート」のトピック などで、他の方の意見を聞きながら進めました。


娘は精神的にもかなり幼く、小学校5〜6年生並みかもしれません。あまり先の見通しも立てられず、「なるようになる」と考えるところもあります(私似かもしれません)。
会話練習を誘うと、お母さんに言われたからやってみようかなという感じでのってきました。


 
@教室での会話練習(1回目)12月7日(金)
数週間前の三者面談の時には、校舎の中に入った途端身体がこわばり、声を出せずにいました。しかし、意識の高まりのせいか、教室の前の廊下に男子生徒がいるのに、気にせず小声で私に話しかけてきました。もちろん男子には聞こえないし姿も見えませんが、学校で話すのは本当に久しぶりでした。話したい気持ちがいっぱいだったのか、自分から色々な話をしてくれました。
帰宅して「今度は友達と居残りみたいにやりたいな」と百段階も先の話を口にしていました。本当にそんな日が来ることを願うばかりと思いました。

A教室での会話練習(2回目)12月18日(火)
誰も廊下にはいなかったのですが、やはり少し緊張した顔で小さな声でした。それでも友達が言った事や自分の気持ちなどいろいろなことを話し、毎日やりたいとも言いました。
今年のクラスはとても穏やかで優しい子が多く、娘にとってとても居心地のよい場所のようで、体育大会の打ち上げや、初詣に誘ってくれるなどクラスの一人として認められているという充足感も感じているようでした。 担任の先生はクラスの女子だけを集めて、娘が頑張っていること、無理強いせずに接して欲しいことをを話してくれました。


3学期の教室での会話までに、モチベーションを上げるようにしたいと思い、小さい頃のビデオを見たり、身体の緊張をほぐすために家族で卓球をしたりしました。 自分の好きなノート等を選んでレジでお金を払うだけですが、買い物が一人で出来るようになりました。

この回には娘は教室での発語にはだいぶ慣れてきたようなのですが、まだ絞りだすような喉にぎゅっと力を入れているような声で話していました。
教室では学校と関係ないオセロやトランプなどの活動をやりたがらないし、娘の強い意志で始めたわけではないので、私があれこれ勧めても、迷惑そうに「それはいい」という感じでした。
ただ二人で話をするだけでなく、もっと大きな声を引き出すために何か方法がないか考えたく思いSMJ掲示板で相談しました。「電話・インターフォンなら誰とでも話せる」ことを掲示板に書き込むと、かんもくネットの会員の方から携帯電話をもって学校で話してみればと提案されました。
そこで、教室から電話を掛け、最初は姉たちにかけ、慣れたら友達に、そして担任の先生へ、と進めていくことを考えました。


B教室での会話練習(3回目)〜家から友達に電話〜 1月24日(木)
学校に行ってみると男子数名が廊下で遊んでいて、娘がリラックスして電話を掛けられる状態ではなく、少し私と話してから家に帰って友達に電話しました。
相手のお子さんがとても上手に話をつなげてくださり、なんと30分以上も話していました。
とても嬉しかったのでしょう、娘は「次は教室からだよね」と、友達と話すことを楽しみにしているようでした。


C教室での会話練習(4回目)〜教室で友達と会話ができた!〜 1月25日(金)
教室に行くと娘と数人の女子が待っていました。娘はニコニコしてとてもいい雰囲気でした。
別室に友達が移動し、電話を通じて会話が始まりました。
私は廊下に出て両方の様子をうかがいながら、次のステップはどうするか、この教室の間にある壁をどう取り除くか・・・娘たちが電話をしている間ずっと考えていましたが、いい案が浮かばないまま一時間くらい過ぎました。

そして、そろそろ切り上げようと思った時でした。教室から友達が一人出てきて、「Sちゃんがいいって言ったから、直接話していいですか?」と言うのです。もし、失敗して自信をなくしたらと思うと心配ではありましたが、中に入ってもらいました。

すると、娘は小声ではありますがちゃんと友達に話しているではありませんか! 
それから、次々と友達が入れ替わり全員と話し、最後にはみんなのいる教室に行って全員の輪に入って話せるようになったのです! 
その間、たった90分の出来事でした。9年間ずっとずっと重荷だったことが、この一回であっという間に変化して、かえって戸惑うくらいでした。
娘が話せるようになったことは、娘だけではなく、私にも大きな自信を与えてくれました。
私が動くきっかけを教えてくださった、かんもくネットの方々に、言葉では言い表せないくらい感謝しています。



友達に挨拶・入試面接
土日の休みの間、娘はずっと「早く学校に行って友達と話したい」と言っていました。
そして、月曜日の朝、友達に念願の「おはよう」を言い、先生にも挨拶をし、高校入試の面接練習でもちゃんと言えたそうです。表面には表れていなかったのですが、子どもの変わりたいという思いは、こんなにも急激な変化をもたらすのだと、感動、感激の嵐です。担任の力、クラスの温かい雰囲気、そして子どもの心、全てがうまくかみ合って、すごいパワーになったのだろうと思います。
高校入試の面接では、二人の面接官に娘はちゃんと名前、学校名、志望理由も言え、おまけに傘立ての場所も聞けたそうです。数ヶ月前には全く予想もできなかった嬉しい展開でした。


友達とカラオケに 2月11日(月)
友達に誘われついにカラオケデビューしました。5時間くらい一緒に過ごし、とても楽しそうな顔で帰ってきました。自分で選曲はしなかったけれど、皆でマイクを回した時歌ったそうです(たぶん聞こえないくらいの小さな声だと思いますが)。KAT-TUNファンの子にしっかり刷り込まれて、生まれて初めてCDを買いたいと言ってきました。
バレンタインでは、手づくりチョコ(友チョコです)を13人分持って行きました。これも生まれて初めてのことでした。


卒業式の練習
卒業式では一人ずつ名前を呼ばれて返事をして、壇上にあがって証書をもらうのですが、その時に返事ができるかどうか、娘はとても気がかりだったようです。
いよいよ練習が始まり、何とか声を出して返事ができたと、ほっとしたように報告してくれました。
「不登校だった子も頑張ってるからSちゃんも頑張らないとね」と友達にプレッシャーをかけられていたみたいですが、みんなの気持ちにこたえようと、気合が入ったみたいです。
クラスの子たちに「聞こえたよ」と言われたと嬉しそうでした。
小学校の卒業式では返事はおろか、みんなで言う掛け合いの言葉さえ一言も言えず、身体がカチカチに固まっていた事を思うと、大きな進歩です。


卒業式 3月7日(金)
娘は朝から少し緊張しているようでしたが、元気よく友達と登校しました。
入場の時みんなと一列に並んで入ってくる様子は、以前のおどおどした感じはなく、堂々として落ち着いて見え、証書をもらう時は、小さいけれどちゃんと保護者席にも聞こえるように返事ができました。

卒業式で返事をするという事は、私のひそかな、そして大きな望みでした。
うちの子が通う学校は大規模校で、数年前に分割されたものの、まだ一学年250人以上いるので、生徒と保護者を合わせると体育館いっぱいになるほどです。その前で名前を呼ばれて返事をするというのは、普通に会話できる子どもでも、勇気のいる事だと思います。
娘は家に帰ってから、家族にビデオを何回も見せて「聞こえる?」と確認をとっていました。
すごく、すごく誇らしかったのだと思います。